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詩人類々
さあ、いよいよ、「詩人類T-shouts! LIVE 其の壱」開催まで二週間を切り、
貴様らにおかれましては歴史の証人になる気マンマンな今日この頃かと思われます

それではここらで一丁、当日出演者の予習(すでに知ってる人は復習)と洒落込みましょっ
一人々々いってみょ~ん☆

(里宗巧麻)
詩が書けて、デザインが出来て、照明が出来て、音響も出来て、料理も上手で、
綺麗な奥様がいて、もうすぐパパになる、にくいにくいコンチキショウ!!
キャツの一見順風満帆な人生に嫌がらせをしようと今回の企画に誘いました(いや、マジで)
ストレートオンリーな俺ちゃんと、用意周到作り込み型彼氏ってなカンジで、
我々二人のパフォーマンスを知る人はそんな印象を持っているかもしれんし、
実際当日観たらそういう印象を持つ人が多いかもしれん
しか~し!あえてここで一言言わせてもらえるなら、俺と奴は似ている!!クリソツってこと
それがどういうことなのかは、当日しっかとその目で(あるいはそれ以外で)確かめてくれ
ちなみに俺の作る料理は糞まずい

(マスイジュウ)
よく知らないんだよね、このオカマっ
ま、これは彼女(彼?)に限った話じゃないんだけど、今回のイベントに誘ったガイ共全員、
人間的にはみんな好きなタイプじゃござーません!むしろ嫌いYO
しかし、気になる、気になってしょうがない、いやん、これは恋かしら、くやすうぃーつガッデム!!
とにかく去年の日本最大のポエトリーイベント「ウエノポエトリカンジャム3」で、
スタッフとして8時間舞台袖で大勢の人間のパフォーマンスを見ていて、
こいつが一番引っかかちまったの、ちぇっ

(神田京子)
演芸界から唯一のエントリー
ってか、そんなフィルターをはずして是非みてほしい、おもろい生き物
いまは昔のお江戸の寄席には、こういう型にはまらない得体の知れない芸人がわんさといたのかしら
彼女が勝手に生きたあとに、新しい演芸・講談が残っているよな気がするぞ(チト褒めすぎ?)
ちなみに男性客に一言言っておくと、一見するとかわいいが・・・だまされるなっ!!
きみは京子派?それともマスイ派?

(桑原滝弥)
あ、これは俺ちゃんです☆
ま、こんな奴は死ねばいいんだ
でRからして、9月9日までにちゃんと死んでおきます
みんなも出来たらそうしといてくれ
そして、会おうっ
よろしく
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by t-shouts | 2006-08-28 19:03 | 詩人類-桑原滝弥
言葉ON絵馬
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絵馬


切実な、
それでいて
かわいらしい
少女の願い。

わずか7つの女の子が、
人の目に触れることを分かっていながらも
言葉で願いを表現している。

なんかいいな~。

(鎌倉・長谷寺にて発見。
京子の眼』より)
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by t-shouts | 2006-08-15 12:09 | 詩人類-神田京子
詩集 vs Tシャツ
皆さんは出版社から詩集を出すのにどれくらいお金がかかるか知ってますか?


おそらく、詩を書いている人ならよく知っているこの問題。答えは100万円。これ、安いのか高いのか?もちろん高い。今どき100万円も出せば、マンガ喫茶に3ヶ月泊り込んで、全てのマンガを制覇することだってできる。それなのにたった1冊の本のために…。


でも、ものは考えようで、自分の本を出版社から出版でき、流通させられると考えれば安いものと思う人だっている。しかーし、本当の問題は次。


自主出版された本が何部売れて、何人の人がその詩集を読むでしょうか?


これには破滅的な答えが予測できる。まず、自主出版の詩集は売れない。通常、自主出版の詩集で5000部刷られることはまずない。


僕の知っている少なくない悲惨な例。イベントなどで知り合いに買ってもらっていいとこ5部。幸運にも少ない流通で書店に1000部バラまかれたとして、1冊も売れないということがザラにある。詩人の手元にある本のほとんどは知人にバラまかれる。それでも全部はまけない。


マジック!では、あとの本はどこに消えたのか?これは詩集出版の永遠の謎である。僕の家にも無理やり寄稿させられた出版物がダンボールに詰められてどこかで眠っている。おそらく、そんなふうに、悲しい本たちがどこかで大量に眠っているのだろう。いつの日か燃やされる日まで。幸運にも再発見されて、ベストセラーになるのを夢を見たままね…。


だがもっと悲劇的なのは、万が一、誰かの手に渡ったとして、その本がきちんと読まれる確率は極めて少ない。


「読んだ?」
「…あん?ああ!あれ、面白かったよ」


なんて会話が交わされてはいるが、僕の算段では10%。5000部のうち手に渡った100部。そのうちの10%。10冊…。


「現代詩はどうしてこんなに廃れてしまったのか?」


待った待った!まだそう言うのは早い。これは詩人を一年以上名乗った人のかかる鬱病です。


「サイト・スペシフィック」という言葉を知っていますか?
現代アートを好きな人なら知ってるかもしれない。「特定の場所に帰属する」という意味のこの言葉。「ホワイトボックス」(白く塗られた美術館)という、世界共通のフォーマットから作品を出して、その場、固有の文脈、スタイルの中に展示を行おうというアプローチのこと。


近代の美術は作品を周囲の環境とはある程度切り離してどこに置いても交換可能な状態にしたことで発展してきた。つまり作品は、価値交換をおこなうことが出来る、貨幣と同じ価値体系に落とし込まれていた。それが近代だった。


しかし、その構造にも限界がみえた。どう限界だったのかは長いので各自の宿題として。破綻にいち早く気が付いたアートは美術館の外へ、作品を開放した。美術館に作品を収めることが「閉じ、溜め込み、保存する」行為なら、それは「開き、交換し、使用する」行為と言える。


さて、それと同じことが現代詩で言えると思う。詩にも「ホワイトボックス」がある。それは白い紙だ。詩は、誰の目にも触れられないまま閉じ、忘れられてゆく。本の終わりを一段飛びに言うつもりはない。しかし、本もまた、ある時代には新しいメディアだった。それだけのこと。


ああ、長い前置きでしたね。でー、自主出版という行為に置き換わる新しい時代の表現方法として、僕はTシャツというものを提案しようというわけです。Tシャツに詩を書いたらどうかと。


「は?」という前に、その特徴を言います。それは閉じていません。閉じることのないページです。それは不特定多数の目に触れます。詩集と違ってもらって嬉しいです。言葉のTシャツなんてちょっとオシャレじゃないですか。(デザインによりますが…)そしてなによりも安い!10万円もだせば、100枚は刷れる。


100万円だしてたった10人に読まれるかどうか。Tシャツなら少なくとも、着てくれた本人と、街でその人を見かけた人がその詩を読む可能性が出てくる。その数は未知数。


一番豊かなのは、そこからコミュニケーションが生まれる可能性だ。この世の中に、読んだ詩集の素敵さについていきなり話し出すことほど際どい行動はないが、言葉のTシャツなら、きっと打ち合わせの合間にでも、話題になる可能性がある。


つまり、言葉のTシャツはその人自身を閉じることのない本にしてしまうのです。言葉にさんさんと太陽の光がさし、たくさんの目にそれは開放される。


メディアが終わるのは作品の良し悪しではない。それだけは言える。


その時代にそぐったメディアの台頭によって廃れてゆくだけなのだ。詩は終わらない。本というメディアが下り道に差し掛かった。詩は繊細さゆえにその影響をいち早く受けただけ。そう考えられないか。


必ずしもTシャツが最善だとは思わない。しかし、詩とTシャツはすこぶる相性が良い。文字をデザインとして見せることが出来るからだ(印刷技術は文字からデザイン性の大きな部分を奪った)。そして、言葉はある種の身体性を獲得する。代わりにTシャツは、意中である抽象性を獲得する。


そして、一番重要なのは、Tシャツと詩が出会ったとき、そこには新しいクオリアが生まれるということ。本に書かれる詩とは違った新しい詩の表現。そして、Tシャツは、これまでのTシャツにない新しい存在感を放つ。


その時、ただ、Tシャツに詩を書けばいいのではない。その土地の滋養を吸って樹木が育ち、そこだけにしかない花に進化してゆくように、そこには新たな表現、そして、哲学の可能性が秘められている。


どうですか、詩集を出すより、Tシャツを作る方が魅力的じゃありませんか?
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by t-shouts | 2006-08-11 00:24 | 詩人類-里宗巧麻
【詩人類T-shout!参加アーティスト】マスイジュウ プロフィール
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マスイジュウ
狩人詩人 

<年齢>ひ・み・つ(1979/10/9)
<星座>tenbin
<性別>other

<血液型>A
<出身地>千葉県松戸市(マッドシティ)
<職業>  free

<趣味>internet
<夢> by myself (hitomi)
<特技>がぶ飲み

<チャームポイント>え・く・ぼ
<好きなモノ>   ゲーム
<嫌いなモノ>   シンディ

<今欲しいモノ>     plazmaテレビ
<最近ハマっていること>ミルキーウェイ
<「愛」とは…>      山手線のようなもの

<メッセージ>
がんばります

<ホームページ>
「なんだかこの世界ってさ・・・」
http://masuijuu.at.infoseek.co.jp
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by t-shouts | 2006-08-09 22:36 | 詩人類-マスイジュウ
出直しまして再びお付き合い願います●
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立てば芍薬
座れば牡丹
歩く姿は百合の花●●



平成の講釈アイドル●
神田京子です


(拍手)

こないだ講談と落語の違いをプチ講釈させていただきました。
見た目の違い、張り扇でパンパン釈台をたたきながら
リズムを取りながらしゃべっていく芸であるということ、
また、話が大変に長くできており、
一日で終わらないから、何日もかけて連続興行をするということなど。

これは、今のテレビの連続ドラマと同じで、10話20話と見ていく触れていく
楽しみが講談にはあるということなんです。

ところが、映像のあるテレビだってなかなか毎回見るのは難しいのに
耳で聞くだけの講談に、しかも毎回会場に足を運ばせるというのは大変なことです。
みなさんだって初日二日三日くらいはなんとか足を運べても
四日以降は来ないでしょ?

これは昔から同じでして・・・
だから何とかして今日来てくださったお客様。
明日も来てくれますように!という
願いを込めまして、どくどくの切れ場というのをこさえたんです。

どういうことかと申しますと
「このお話は、この後どうなるのかしら」
と期待が膨れ上がってきたところで
「この後がますます面白いんですが●、この続きは明日(みょうにち)の連続ぅ~」
なんて切っちゃうんですね。

ドラマの「つづく」ってやつと同じなんですね。
っていうか、「つづく」ってやり方は、ドラマが講談の真似をしたんですよ!!

『天井からポタポタと血がたれてきた●
なんだろう?
刑事巡査があわてて天井裏を調べて見る●
お~どろいたのなんの●●ー●●●(パパンパパンパン)
何に驚いたかはまたあした~!!』

なんてやるんです。
すると、「なんだよ、惜しいとこで切っちゃったな。よし、みんな
あしたも行こうじゃないか!」というんであしたも足を運んでくださる。
ところが名人上手くらいになってまいりますと
こないだ言ったことたまに忘れちゃうことがありましてね。

・・・年齢的なこともありますが(笑)

それでもなんとかつじつまを合わせながら話を運ぶことが
やはりうまいんですけども・・・・

ただお客様は木戸でもって木戸銭を払っておりますから
昨日の続きが聞きたいというんで、

『おい、昨日の続きをやってくれ』

なんてヤジとばしたりされましてね、
ここで「できません」なんていっちゃいますと商売になりませんから
言われた件の講釈師が

『では、昨日(さくじつ)から申し上げております忠臣蔵●
天井からポタポタと血がたれてきた●
なんだろう?
刑事巡査があわてて天井裏を調べて見る●
お~どろいたのも道理だ●●ー●●●
猫がねずみを食っていた~』

なんてくだらない落ちがまっていたりなんかするんです・・・

失礼ぶっこきました。
長い割にはつまらない落ちで・・・。

まあでもこんなことを言いながらも何とか400年間
脈々と愛され続けて来た芸能となっております。
愛され続けたといいましても
現在講釈師というのは東西あわせまして
たった60人しかおりません。
イリオモテヤマネコ同様絶滅寸前です。

ですからこの詩人類T-shouts
に参加をし、一人でも多くの人に講談を知っていただこうと
9月9日臨みます。

京子のTシャツは背中に『神田』の紋と
美人の形容が白抜きしてある粋Tシャツ!

講談はむずかしいものじゃない。
気軽なものです。
Tシャツに講談を!
講談カジュアル化宣言!の
京子の『言の葉を着こなせ!』
2006年9月に始まる言の葉ムーブメントに乗り遅れちゃだめよ。
乗り遅れたらおいてくよ。
廊下に立たせます。
まずは当日足を運ぶことからはじめてよ~。

ねえ、メンバー!?
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by t-shouts | 2006-08-09 01:33 | 詩人類-神田京子
前回の続きを申し上げます●
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←京子最新MY釈台

お後お楽しみに、京子でお付き合い願いますが・・・。

詩人類、Tシャツイベント、
いよいよ一ヶ月後と迫ってまいりました。
私自身の「京子派手な会」@ゴールデン街劇場
ってのもその前日ですからこちらも一ヶ月を切りまし・・・た、ハイッ。

会が近づくと変な気持ちになりますね。
もう一ヶ月か~。なんて思っているのに妙に眠気が襲ってきて
「よし、今は寝とこう。」と睡魔に負けている自分を正当化して
枕に顔をうずめることもありまっす。
起きたらサンサンと太陽が輝いてたりなんかすると
何も悪いことしてないのに

す、すいません。寝てしまいました。ごめんなさい。
ああ~私最悪。かっこ悪い。
もう昼か~。
このまま起きて何もなかったかの
ように外に出たとしても、
惰眠をむさぼった私を、みんなは許してくれないだろう。
だから、こんな気持ちで始まった一日は、
きっとどうしようもないに違いない。
ええい、もう一回布団にもぐっちゃえ~!

なんてどんどん落ちていくときがある。
そして気づいたら太陽が西に傾き・・・

あ~なんて罰当たりな!

とようやく重たい体をたたき起こし、
とりあえず洗濯したりなんかして
働くふりからその日をとりあえずはじめてみる
なんてことがある。

今日がそんな日だ。
あ、日付変わったらから昨日ね。
朝のラジオ、その後スチール撮影、
打ち合わせ。すべて終わって3時半。
うちに帰って6時間寝てしまった。
畳に吸いつけられたようにね。

みなさんが仕事しているときに
私は寝ていたんですね。
みなさんが満員電車でもまれているときに
私は寝ていたんですわ!
だから、みなさんが寝ているときに
せめて働こうと思い
さっき。こちら夜中のインターネットカフェへ
やって来たというわけであります。

ごめんね。
許してね。
これからいっぱい働くね。

というわけで講談の説明まだ終わってなかったのでします。

・・・でもちょっと文章長すぎるからまた改めますわ。

ごめんね。
許してね。
これからいっぱい稽古もするね。
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by t-shouts | 2006-08-09 00:57 | 詩人類-神田京子
言の葉を着こなせるか?
あたらしいイベントに関わることになった。こんなクソ忙しい時によりによって、自分をクソ追い詰めるようなことを…、と思うのだが、クソ仕方ない。それが僕のクソやりたいことだったからだ。クソっ!


仕事面では今の会社に入って以来、僕の役割の中でもっとも責任の重たい企画が動き出している。そして、初の出産。これは人生の一大事だ。僕が産むわけじゃないので妊婦体操はしなくていいんだけれど、なにかと大変だ。いや、きっとものすごく大変なんだろう。


でも、息子よ、パパを許せ。パパは正直に生きると決めたのだ。欲しいものは欲しいとお前と一緒にじたばたしながらグズるのだ。わっはっは。


でね、その企画というのが「詩人類T-shouts!」というのです。


言葉を生業とする人々が作るファッションブランド。なんだかわからないでしょ?簡単に言うと…簡単には言えません。言葉を使う人々がイベントを通じ、ただ、言葉を提供するのではなく、ファッションを通じて、新たな言葉との関係性、言葉の文化を発信しようというもの。


これね、実は僕がずっとしたかったこと。僕は東京に来る前は大学やファッション関係の専門学校で文化論の講師をしていた。テーマは「身体―言語」。いつも身体と言葉の関わりを軸に作品を考えていた。5年前に一度、言葉を使ったTシャツのブランドを立ち上げようとしたが、色々な理由で頓挫してしまった。


出会いというものは面白いね。


どこでどうつながるかわからないものです。まさに、鴨ネギなき企画を古くから付き合いのある桑原滝弥という詩人が持ちかけてきてくれた。彼は僕が「RADIO DAYS」を結成し、地方に巡業し始めた頃に知り合った。スタイルは全く違うものの、活動的な彼をみていると、なんだか、嬉しくなった。一緒に戦っている心強い仲間のような気がしたからだ。


「言の葉を着こなせ。」


これは桑原氏が考えた「詩人類T-shouts!」のとっても素敵なキャッチ。僕はこれをきいてすごく驚き嬉しくなりました。僕が5年前にしようとした言葉のTシャツのキャッチが「Dress ths word」だったからです。「言の葉を着こなせ。」のまったく直訳です。これには運命みたいなものを感じました。


ファッションというのは言葉を着ることだと思います。それは衣服だけではなく、文化とは言葉を纏うことなのです。本来、衣服は暖をとるためなどの利便性でいうと、それ以上の価値がそこに生まれるはずはないのです。しかし、人はそこに、それ以上の意味を持たせる。


日本語、英語、中国語、言語に色々とあるように、ファッションにも色々とある。言葉は方言や年齢層、文化層によって話す言葉が違う。ファッションにも流行があり、職業や年齢で違いがある。


服を見るとその人がどのような人かだいたい分かる。


誰にでも服で人を判断した経験があるはずだ。でも、不思議なことに、誰も、その服を着ろと言われて着ているわけではないのに、服に無頓着を装っているはずなのに、気が付くと、オタク系の人はオタク系のファッションで身を固めているし、赤坂OLは赤坂OLなスタイルになってゆく。


でも、言葉を装うことに意識的になれる人がどれだけいるだろうか?


本当に多くの人が、服の身だしなみについては考えるのに、言葉の身だしなみについては無頓着なんじゃないでしょうか?


言葉に着られているということが案外あると思う。でも、言葉をオシャレに着こなすなんてことも考えてもいいんじゃないかしら。こんなに情報が溢れている社会だからこそ。


情報化社会では、一人の人はひとつの情報に過ぎないと言われる。パソコンを解体すると出てくる電子基盤。あれをひとつの街と仮定してみよう。すると一人の人はそこを行き来する電気信号なのだ。つまり我々自身が、ひとつの信号なのだ。


Tシャツは極めて現代的で特殊な衣服だと思う。衣服の中にメッセージとして言葉を使い始めたのはいつからだろうか。おそらく、その歴史はかなり浅い。その歴史はまさしく、Tシャツとともに発展してきた。プリントの技術が向上し、それを制御するパソコンも進歩する。まさに情報技術の進化とともに、Tシャツが進化したのではないかというのが僕の仮説。


Tシャツを着ることで、我々は情報になりきることができる。まさにメッセージそのものになれるのだ。それは衣服の究極の形。ファッションは言葉。そして、身体が直接言葉を着る時代になった。本はもう古い。PCももう古い。これからは自分自身がアトムという情報になりきる時代だ。


「脱ニート宣言。わたしに素敵な仕事をください!」みたいにね。求人を主張してみたり。


これからは自分のメッセージをTシャツに込めることにもきっと抵抗がなくなってくるだろう。繊維に編みこむことができる特殊な液晶モニターに自分のお気に入りの写真やメッセージを表示させる時代もいずれやってくるに違いない。


Tシャツはこれからの時代の高度なコミュニケーションツールなのね
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by t-shouts | 2006-08-07 02:46 | 詩人類-里宗巧麻
美人さん?
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美人さん
なのか
美しい太陽
なのか
美少年の息子
なのか

いづれにせよ
ここは床屋の『ビューティー.サン』

歌舞伎町のホストクラブが並ぶビルの裏に、
小さく主張しているこの床屋さんは、
男女共に大歓迎!
看板の最後に切り張りした
『女』『男』の文字がいい!


「ここ少し隙間があるからなんか字足しとくか?」
「そうね。うちは男女両方面倒見るとこ主張しときましょうよ?」
「そうだな。そうしよう!」
と床屋の主が切り貼りしていると、
それを見ていた床屋のおかみが
「ねえあなた。『男』『女』の二文字の配列は上段と変えましょうよ。
変化をつけたほうが印象に残ってよ。」
「そうか?そうだな。そうするか。」

こんな会話が聞こえてくる・・・。


隙がある。
完璧じゃない。
人間らしい。
機械じゃない。


実にそこが私好み!

職安通りの韓国料理屋へ行く道すがら、
思わず目にした面白看板。
お気に入りです。

そんな私は神田京子☆
この後本場韓国の焼肉を、唐辛子たっぷりで食してぶっ倒れた、
食に貪欲な29歳。
ゴチになったら残さない!
これが私の鉄則です。

今度は講談の説明続き書きます~。

バイバイ。
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by t-shouts | 2006-08-03 23:38 | 詩人類-神田京子
どうして私はマッドシティからやって来るのか
みなさまこんにちは、はじめまして。
千葉県松戸市、マッドシティからやって参りましたマスイジュウと申します。

私は、必ずマッドシティからやって来ます、来る。
どうして私はマッドシティなのか、やって来るのか。
それは生まれ持った性癖のようなものであり、
個性というものだ。

マッドに、ただひたすらに、狂気を身にまとい、
何にでも味の素を振りかけて味の均一化を図るようなことはせずに、
そのアイデンティティを常に保持しておく為に私は狂気を目指す。

MAD・・・もうあいつダメなんじゃん?
のように思われがちだろうが知ったことではない。
私はマッドシティの光から地方出張へ。

目的の為ならば手段を選ばない、迷惑だってかける、
もう何だってする、バーリトゥード感覚で、
それでいい、そうでなければ自分が通らないから、
マッドシティの誇りだ。

狙っている。常に計算高い私だ。
布石だ。常に半歩先を読む。

考えてから行動するから誰かから嫌われてしまう、
迷惑をかけてしまう、もう二度と足を運ぶことも出来ない、ということは
分かっている。
分かっている。
分かっておりますよ。

それでも、それでも自分の要求、満足のためには
人を裏切るような行為をあえて行うこともある。
月餅がどうしても食べたければたとえ盗んででも食う。

おかしい、人として間違っているよ、と言われても
要するに私はわがままなので受付時間は過ぎています。
知っててやってる私は俯瞰して眺めているような
第三者的な視点を常に持っており、
これこそがマッドシティが私に与えた教育で、
俗にマッドマインドと呼ばれるものです。

友達なんか要らない、一人きりでいい、
なんて思っているのにめっちゃサークルに入りたいのは何故だろう。
やっすいコーラ(60円自販機とかで売ってるアレ)を忌み嫌い、
コカコーラ(デファクトスタンダード)ばかりを追い求める姿勢。
マッドマインドを持ちながらも、それに満足しながらも、
パンピーになりたい私は半端者。

何故だろう、マッドシティのマッドな教育には
友達や家族や、仲間という項目はないのにね。
私は私だ、風に吹かれるだけだから。
なのに何故だろう。




狂っていると自覚している私は狂ってはいない。
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by t-shouts | 2006-08-01 13:57 | 詩人類-マスイジュウ